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05/29/2009

Comments

アンビリーブル

たしかに愛国心を教えようとするなら、その前にまず愛とは何かから教えなければなりませんね。
キリスト教ではアガペー、儒教では仁、仏教では慈悲などが思い浮かびますが、その言葉自体は昔から日本にあったのだろうかと思っていましたが

『平安文学では「愛(かな)し」と読ませ、いとおしみ離れ難い心境をあらわす』とあるようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AC%E3%83%9A%E3%83%BC

Moon


BBさんから見て美しい国って一体どんな国ですか?

イルミナティと言われている悪魔教のトップ達が支配している
イギリスですか?しかもイギリス国民は世界で最もダーティな人物の
1人の肖像画入りの紙幣を毎日ずっと見なければいけない。国歌をたまに
歌ったり愛国心をたまに吹き込まれたりするよりBBさんにとっては
余程吐き気がするのではないですか?

ちなみに私はBBさんから見ても美しい国だという国は客観的にみて
現実には地球に存在しないのでは?と思わずにはいられません。

別にBBさんが日本が嫌いだろうとかまいませんよ。愛国心を持てだの
いうつもりはありません。私自身も日本が素晴らしい国とか民度が高い
とか正直思っていません。天皇崇拝にも正直興味がありません。
ただ日本を動かしている政治家や官僚は当然愛国心を持つべきであり、
そういう人達だけは絶対国益を考えて政治をするべきで、
逆に反日的な政治家や官僚は即刻霞ヶ関から追い出されるべきではありませんか?

 冤罪は別にして動機に同情の余地の無い凶悪殺人犯に関しては人一人
殺しても死刑にすべきだと思いますがね。もし自分の身内が凶悪犯に
無意味に殺されたら誰だってそう思うでしょう。死刑が嫌だからつまら
ない動機で殺人をしない人が増える方が国益ではないでしょうか?

 何の罪も無い小さな子供が惨たらしい殺人事件に巻き込まれるニュース
を見聞きする度に特にそう思わずにはいられません。

アンビリーブル

特に昔の残虐な死刑方法を知りたいと思っていたわけではないので詳しくは知りませんが、子供の時に斎藤 隆介著「ベロ出しチョンマ」などは読んだことがあり、盗賊が釜茹でにされたり、磔獄門(はりつけごくもん)や市中引き回しの刑などというのもあったようですね。
戦争中、どんなに理不尽なことが行われていたかは、私は特にありありと、戦争体験者の著作物を原作にした数々のテレビドラマで知りました。
それなのに最近の放送はどうなってしまったのだろうと思っています。

日本は昔から琵琶法師の「壇ノ浦の合戦」で有名な平氏と源氏の戦い、「おごれる平氏は久しからず」の平家が栄華を極め、滅びるまでの様子を表した「平家物語」や、草むらの小さな虫たちの音(ね)を聞き風情を感じるなど、「ものの哀れ」や滅び行くものの悲しさ、ものの命のはかなさを歴史的に伝えてきた文化伝統を持っています。

たしかイザヤ・ベンダサン氏の著作の中に書いてあったと思うのですが、戦後、天皇が神であることを信じていた日本人がダーウィンの進化論も矛盾なく受け入れていたことに外国の人が驚いていたという話でした。これは一神教の西洋の神と多神教の日本の神の概念が違っているからだと思います。同様に聖戦や義戦、自分たちの信じる神の栄光のために戦うという考え方もどうやら一神教の考え方のようですね。

米国のブッシュ大統領が一度踏み入れれば出口がないと言われていたイラクへの参戦に踏み入り、日本の民主化の成功を引き合いに出してイラクも民主化が必要だと言った時には日本とイラクではまるっきり文化や歴史も違うのに本当に民主化したいという気持ちがあるのだろうかと疑問に思いました。

フランスは十人の人がいれば十の政党が生まれると言われるという話でそのことはかねてよりとてもうらやましく思っていました。私はその人が何をどう感じるかはそれぞれの人の自由であると思っています。おっしゃるとおりに子供たちにはまず、「おとなたちが人間として上等な生き方の模範を示す」ことがたしかに必要なことであり、その後、大人になってから自分で判断すべきであり、そのことを子供たちに強制すべきではないと思います。

BB

>フランスの市民革命で思うのですがヨーロッパの歴史はなぜ、
>ギロチン、断頭台などその後の血なまぐさい数々の抗争、宗教
>による弾圧、異端裁判、魔女狩りなど流血沙汰が多いのでしょうか。


ニッポンの死刑というものが、昔からどれほど残虐なものだったかという歴史をご存知じゃないようですね。ギロチンなど、それに比べりゃ、安楽死みたいなもんです。それと、西洋の歴史が近代に入って、ロンドン塔などでも残虐なことを行なわなくなった20世紀においてさえ、たとえば小林多喜二は大日本帝国の特高警察によって、どのように殺されたか。その歴史も何かで読んだことがないのでしょうか? 

「宗教による弾圧」なるものを問題にするなら、西洋史においては中世の時代に終わったような弾圧を、大日本帝国は天皇教によって20世紀において始めました。


>私は戦後、憲法で保障された自由は愛国心を叫ぶことも
>戦争に反対することも他人を決め付けることもそうでは
>ないと反論することもすべて認められており、お互いを
>尊重することを教えてくれるものなので大事にしなけれ
>ばならないものだと思っています。


前の投稿で言ったとおもいますが、ニッポンには旧体制が生き残っているのです。その旧体制は靖国神社という戦争神社を利用して国民を洗脳し、あれほど愚かな戦争を「聖戦」と信じ込ませました。地球の歴史は21世紀に入ったというのに、このニッポンの支配者たちは、大日本帝国と同じように「愛国心」を学校教育の中で子どもたちに植え付けようとしている。宗教的な争いもその原因の本質は宗教ではなくナショナリズムです。愛の意味を考えたことすらないような下品で欲深い政治家や官僚どもが、右も左もわからない子どもたちに「愛国心」を強制する暇があったら、子どもたちより先に生まれた者として、おとなたちこそが人間として上等な生き方の模範を示すのが先でしょう。

ニッポンが本当に美しい国だと自分の頭と心で納得したときにはじめて、子どもたちはニッポンを愛するようになるでしょう。その愛は、異国の人々の愛国心をも尊重するはずです。今の野蛮なおとなたちが強要する「愛国心」に従順な子どもたちなど、大日本帝国の野蛮な軍人や警官ほどにしかお国のために働いてくれないでしょうね。本当にニッポンを美しい国するために働くことのできる可能性のある子どもたちに限って、今の現実のニッポンの醜さにほとほと失望することでしょう。それがこの国で継続中の悲劇です。

Moon

私自身最初ここで北朝鮮のミサイル危機を非常に不安視し、
日本がかつての広島や長崎の不幸を繰り返さないために
それに対してお花畑思考でなく現実且つ建設的有効的に
対処できる可能性のある平沼議員の様な政治家を永田町
に沢山送り込むべきだという意向で書いただけです。

今ある北朝鮮のミサイル危機の問題が何故天皇崇拝や戦前の日本の
話にいつの間にか摩り替わっているのでしょう?

国防という物はすべての国家の政府と国民が真剣に考えなくては
いけないものです。その国に王様がいようといなかろうとその国の国民の民度が
イギリス人と比べて高い低いの問題関係なく、国民の生存権や人権や生命は
不当に外国の侵略によって奪われたり支配されたりしないように
して欲しいという事を政治家に願うことが間違っていることでしょうか?

 それどころか結果的に日本が外国に不当に支配されたり侵略されたりするのを
助長しようとする政治家がいれば即その人物の政治生命や権力を絶ち
国賊として逮捕するべきだと考えています。
 それは危険思想ではなく末永く平和に暮らしたいと思う日本に住む日本人として
当然です。

 何か間違っていますか?

アンビリーブル

私は戦後、憲法で保障された自由は愛国心を叫ぶことも戦争に反対することも他人を決め付けることもそうではないと反論することもすべて認められており、お互いを尊重することを教えてくれるものなので大事にしなければならないものだと思っています。

アンビリーブル

北朝鮮が核実験を実施したり、ミサイルを飛ばすだけで、右往左往しなければならない日本の状況は場合によっては有効な日本に対する支配操作につながると思います。
たぶん北朝鮮の存在がなくなっても別な形で他の見えない支配操縦方法が登場するのではないかと思います。

アンビリーブル

フランスの市民革命で思うのですがヨーロッパの歴史はなぜ、ギロチン、断頭台などその後の血なまぐさい数々の抗争、宗教による弾圧、異端裁判、魔女狩りなど流血沙汰が多いのでしょうか。
一億総中流時代と言われ、多くの人が中流意識を持っていた頃の日本でしたら体制を倒さなければならないという意識は生まれようもないと思います。
長い鎖国の後、外国から開国を迫られた日本の幕末も話し合いによる体制の変革が可能だったようです。

アンビリーブル

「金融危機を生き抜く黄金の真理」の中にある日本の教育改革を担当したGHQが戦後日本に押し付けてきた教育プログラム、ナチスドイツのフォルクスシューレの話のように

「その人がそれまで培(つちか)ってきた、心の羅針盤を破壊し、外の権威にすがるように作り変え」た上、何かひとつのものを尊重するようにではなく、尊敬し崇めるようにという個人の信条に関することまで教え込もうとするのであれば、たしかに全体主義となり、操り支配することが容易となるのではないかと思います。

善か悪か、黒か白か、愛国心があるかないかの二者択一で物事を判断する考え方は、それ以外のものをまったく見えなくさせ、911テロ後、次々と戦争に突き進み今日の経済破綻状況を招いてしまった米国のように一国をも暴走させる危険性があると思います。

現在の日本は憲法の通り、世界の他の国々を尊重し、平和を重んじる国家であることも同時に教えればよいと思います。

BB

>私は日本人なので「天皇は日本の象徴であるので尊重しなければならない」
>と教えるのは実際に憲法でそう定められていることですし、歴史的にも
>西欧のような絶対君主ではなく、昔から日本にとって象徴のようなもの
>だったので別に問題はないと思います。


アンビリーブルさん、まず憲法の件ですが、日本国憲法では主権は国民にあるとハッキリ定められていますし、問題の天皇の<象徴>という性格に関しても、主権者である国民の総意に基づくとなっています。


<第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。>


つまり、日本国の元首は天皇ではありません。よって、この国は立憲君主国ではないのです。

次に絶対君主制の件ですが、明治に始まる天皇を元首とする国家体制(ウヨクが今なお信じる国体)は、西洋や中国などの絶対君主制以上に絶対君主的でありました。古代中国の皇帝が使用していた<朕>という呼称を天皇が使ったり、同じく中国の絶対王制の真似をして始めた元号というものを庶民に徹底させる教育を行なったりとかしたのも、明治に始まる天皇制義務教育でした。江戸時代までは、一般庶民が元号を使うことはなく、幕府の役人でさえ、コロコロ変わる元号よりよほど便利な干支を使用していたくらいです。

明治に始まるこのような天皇制をより強固なものにしたのは、天皇を<神>として崇めるように学校教育の現場で児童たちに叩き込んだことです。靖国信仰なども、学校教育の中で子どもたちに刷り込んだ軍国主義マインドコントロールでした。その結果、「天皇のために死んでこそ男ぞ」という愛国心が出来上がったわけです。今でもウヨクはその愛国心でやってるらしいですが。

明治に始まる天皇制国家とは、フランス絶対王制の「朕は国家なり」というのにそっくりなばかりか、その「朕」を<神>にまで崇めるようなことまでして絶対化したわけです。フランスでは市民革命が起きて絶対王制は倒れました。しかし、日本人はいまだ市民革命を経験していないのです。すなわち、旧体制(アンシャンレジーム)が今もニッポンにおいては健在なのです。それはこの国の政治家や官僚たちのやってることを見れば、脳みそかケツの穴かどこかが旧型ウイルスにやられていない限り、だれの眼にも明らかなはずですし、たとえば、日本会議のような右翼組織の会長の椅子に最高裁長官の地位にあった男が坐っている現実だけを見ても、明らかです。

今どきの子どもたちが天皇を<神>として崇拝するわけがないと、多くの一般庶民の方々は信じ切っているようですが、だれを尊敬するかというような個人の信条に関することまで、学校教育の中で子どもたちに教え込むこと自体が、全体主義的であり、北朝鮮的なのであります。

このような意見をいうぼくのような者に向かって「反日」だとか「極左」だとか、あるいは、Moonさんが主張するように、「○○先生に洗脳されている」とか、そんなふうにひとをまるでタモガミ系のおめでたい人間の仲間であるかのように決めつける人間の少なくないニッポンの現実が、ぼかぁ非常に哀しいわけであります。タモガミ系の人間は、渡部昇一だとか、あの系統のおめでたい学者たちの散布するウイルスに自分自身が感染しているから、他人もきっと同じだろうと信じて疑わないのでしょうか。

アンビリーブル

私は日本人なので「天皇は日本の象徴であるので尊重しなければならない」と教えるのは実際に憲法でそう定められていることですし、歴史的にも西欧のような絶対君主ではなく、昔から日本にとって象徴のようなものだったので別に問題はないと思います。ただ本当の愛国心や尊敬心は強制されることにより生まれるような種類のものではなく、戦前、戦中に戦争に反対し、非国民とレッテルを張られたような人たちは本当にそうだったかということから考えてみなければならないことだと思います。

アンビリーブル

今の学校で「君が代」の歌をそう教えているというのは本当のことなのでしょうか。

原歌は平安時代の905年に編纂された古今和歌集の賀歌とされているようです。
江戸時代ごろではこの歌は庶民の間で一般的な祝いの席で歌われるようになったもので、例えば婚儀の席で歌われるときには「君」とは新郎のことを指し、新郎の長寿と所帯の安息を祝い祈願する歌として用いられたそうです。

「古今和歌集収録の歌として、ごく一般的な「君」の解釈を述べるならば、「君は広くもちいる言葉であって、天皇をさすとは限らない」ということであり、それ以上はなにも断定できない。」
のだそうで明治になって開国したときに外交儀礼上の必要から国歌として採用されたようです。

「当時日本の近代化のほとんどは当時世界一の大帝国だったイギリスを模範に行っていたため、歌 詞もイギリスの国歌を手本に選んだとも言われている」そうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%8C%E4%BB%A3
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2794311.html

昔の日本の古語は特に文中に「私」や「あなた」という主語さえないことが多く、特定の人を名指しするような明確な表現はしないので「~さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで 」という文から
日本の国の長く自然な歴史や時の流れを表現したものかと思ってました。

Moon

BBさんは一体何が言いたいのですか!?
愛国や国防や平沼議員の話をしてたはずなのに
いきなり犬の話ですか。

私自身元々議論する気はないですよ。ただやはり日本国民は
もっと現実的にならなければいけないし国益を真剣に考えなければ
ならないと言っているだけです。国益を優先した政治をやってくれそうな
政治家が平沼議員だと個人的に思っているだけです。

苫米地英人氏の「洗脳支配」にはどれだけGHQ及び洗脳の権威
であるスタンフォード大学のヒルガード教授一派によって日本人が
アメリカにとって有利になる自虐的な思考を持つように巧妙に洗脳
していったかが書かれています。また苫米地氏自身「自分は日本人
を植えつけられたGHQの恐ろしい洗脳から脱却させるのが自分の
人生のテーマである」とも書いていました。悲しいかな私から見て
BBさんはヒルガード教授の被害者にしか見えません。
これは別に挑発や悪意で言っているんではありません。BBさんの
ような人達は大勢います。機会があればGHQの洗脳について
かかれている本でも読んでみてくださいな。

BB

>大人になって「君が代」の「君」というのは天皇を指すのだという説を知り、
>そうなのかな?と思いました。

アンビリーブルさん、今の子どもたちは、学校で「君が代」の歌詞指導も受けているらしく、「君」というのは天皇のことを意味していて、天皇は日本国の象徴だから尊敬しなければならないと教えているそうです。つまり、文科省のいう愛国心教育とは、戦前と同じで、天皇を愛することを児童に教え込むことを意味するようです。

BB

Moonさん、

議論するつもりなら、お願いですから、ひとの書いたものを正しく読解してからにしてくれませんか。

英国空軍の将軍がかつてぼくに言ったことがあります。「どこの国にも残酷なヤツはいるものさ」。英国でも知られている日本人の無責任なペットブームをテーマにして始まった会話でしたが、彼はそのとき、動物愛護国として知られる英国にだって平気で動物を虐待する人間のいることを問題にしていたのです。タモガミ系の軍人とは違って、知的で弱者にやさしい紳士でした。

トヨタも関係して設立した愛知の海陽中等教育学校は、英国のイートン校を真似たつもりらしいけれど、生徒たちを異常なくらいに細かく管理するニッポン特有の管理教育を徹底してるのだとか。つまりイートンの自由な校風とは正反対の校風をつくって、腐った体制にも絶対服従の日本型官僚制エリートを育てようとしているのでしょう。ただ<エリート教育>という言葉上は似ているように見えて、中味はまったく違う。こういう違いのわからない日本人であれば、君が代強制などに関してぼくが問題にしているテーマの中味も通じないのでしょうね。

ニッポンの愛犬家たちのあいだでは、むかしから英国産のイヌが大人気です。でも、イギリス人のブリーダーは日本人にイヌを売るのを嫌う傾向があるんです。人種差別じゃないんですね。日本人に売ればイヌは不幸になるというのが、あちらの常識になってしまったようです。だから、ニッポンで売ってる英国犬は90パーセント以上、アメリカから入って来たのです。ニッポンとアメリカはとても似ているんです。公園内でも愛犬をリードにつないだままにして自由を奪い、イヌの社会性を育てようとしない。役人たちも例によって事なかれ主義で、そういう風潮を応援するような愚かなことをやってる。その結果、イヌ本来のフレンドリーな性格を失ってしまった動物が増えているのです。つまり、日本的な事なかれ主義の中で、重大な事が起こっているのです。イヌばかりか、ヒトも変になっているのです。

異文化から何を学ぶかという話です。そういうことをきちんと考えなければ、国の区別なく、人間はヒトとして共通に退化してしまって、気がついたらサル以下になっていたなんてことになるでしょう。そもそも北朝鮮はどうしてそんなに人気がないんですか。自由で民主的な文化を知ってる人間から見て、あの国が独裁的で全体主義に映ること、それがいちばんの理由ではなかったんですか。<自由>と<民主>に関しては、英国から学ぶべきことはまだまだイッパイありますよ。

夏目漱石も『私の個人主義』の中で英国の<自由>を讃えていたけれど、あれから90年以上が過ぎても、ニッポンの文化にその<自由>は育っていないようですね。代わりに、自由民主党(すなわち自民党)という名前の政党が、国民の不幸などおかまいなしに、公明党(創価学会)などと一緒に彼ら仲間内で好き放題に自由を謳歌しています。

Moon

と言うことはBBさんはあくまで日本はイギリスを見習えという意見ですね。

それでは日本もイギリスのように核兵器を保持したり自国の領土が他国に
不法占拠された場合は即軍事行使し、日本国民は日本で経済活動をする時は
天皇陛下の自画像入りの紙幣や硬貨を使用するべきということですね。

有る意味平沼議員よりも愛国主義で国防意識が強い方ですね。

それとイギリスのトップに君臨しているロスチャイルドやエリザベス女王は
北朝鮮の金正日やそれ以上に極悪人だとBBさんがいっている日本帝国時代の
支配者をはるかに上回る極悪人なのはベンジャミン様のレポートを読めば
わかると思いますが、それについてはドウ思われますか?何か矛盾している
気がするのですが・・・。


アンビリーブル

「君が代」は小学校の音楽の教科書で初めて見たとき、歌詞の意味がまったくわからず、メロディーも他の唱歌とまったく違っていたので私はずっと変な歌だと思っていました。(笑)
大人になって「君が代」の「君」というのは天皇を指すのだという説を知り、そうなのかな?と思いました。

アンビリーブル

この手法とは逆に子供のころから自分の頭で考えさせるフィンランドの教育が注目を浴びているというのを少し前にNHKの番組で取り上げられているのを観ました。

学習到達度「世界一」フィンランドの教育
http://ohpa.net/modules/leaf/details.php?bid=543

アンビリーブル

ブログで有名な玉蔵氏のつい最近発売された著作「金融危機を生き抜く黄金の真理」(5次元文庫 徳間書店)によると、

日本の義務教育はナチスドイツのフォルクスシューレという手法を参考にしているとのことです。
その手法は今までその人が築いてきた人格を一度完全に否定して、新たな価値観を植えつけるというものだそうです。
かつて日本の教育改革を担当したGHQが戦後日本に押し付けてきた教育プログラムの中に

白人に対する徹底的な劣等感を植え付けること。
アメリカは絶対に素晴らしい国だと信じ込ませること。
自分独自の意見を作らせないこと。
討論や議論を学ばないこと。
受身のパーソナリティを作ること。
一生懸命勤勉に仕事させること。
目立つ人の足を引っ張ること。

などがあったということが書かれています。
その手法はその人がそれまで培(つちか)ってきた、心の羅針盤を破壊し、外の権威にすがるように作り変えるのだそうです。

そのような手法の犠牲者にならないで、どんなに厳しい現実の置かれても自分を信じて夢を信じるようにすればきっと現実に世の中は変わってくるはずだと著者は強く呼びかけておられるようです。

BB

> それとイギリスはイギリス。日本は日本。

とMoonさんはおっしゃいましたが、そういえば、NHKをさらに体制べったりの放送局とするに大いに貢献した海老沢勝二(NHK第17代会長)は、こんなことを言ってたらしいですね。「NHKはもうBBCから学ぶことは何もない」とか。

たとえばインターネットで公式サイトの内容を比べてみるだけでも明らかなように、BBCが良識ある国民の期待に応えながらプロの仕事をしているのに比べ、NHKは国民の声などどこ吹く風って感じで、どっかの大学の同好会程度の仕事しかしていないわけですよね。なるほど、海老沢会長の言ったとおり、NHKはBBCから何も学んでいなかったらしい。

それにしても不思議なのは、「日本は日本」とか言って日本を誇る人に限って、北朝鮮を見下す傾向があるのはどういうわけでしょうか。ぼかぁもちろん北朝鮮の国家体制など支持しちゃいませんよ。でも、戦前のニッポンの愚劣さは北朝鮮どころじゃなかったんですよ。それをまるでなかったことのようにして、戦前と同じように天皇制でやっていこうとするかのような連中がこの国を支配してるから、ニッポンはこんなにも情けない国になってしまったのです。

昭和天皇は英国の真似をして立憲君主のつもりでいたらしいけれど、英国が立憲君主国になるには、13世紀に生きたブラクトンの<法の支配>の基礎理論から始まって、17世紀の清教徒革命と名誉革命にまで至る長い歴史が必要だったわけです。だから、ぼくはニッポンが英国と同じように立憲君主国になるなんて、戦前はもちろんのこと、21世紀の現在だって不可能だとおもっているのです。だからこそ、学校教育の中で天皇制の讃歌「君が代」を強制している現実が恥ずかしいわけです。立憲君主国の英国でさえそんなことしていませんよ、と言ったつもりです。

今のニッポンは英国よりむしろ北朝鮮の体制に近いんじゃないですか。そういえば、海老沢NHK会長のことを「エビジョンイル」と呼んで皮肉ってた週刊誌がありましたね。NHKよりよほどジャーナリズムの精神を知ってる週刊誌なんでしょうね。

アンビリーブル

米国は「人種の坩堝(るつぼ)」で様々な宗教の人々が住んでいる広大な国なのでせめて同じひとつの国歌を歌わせて、まとまらせておかないといけないと聞いたことがあります。
王政ではない歴史の浅いある種実験的な国でもあり、それぞれの州が独自の法律を持つ州権国家でもあるので、現在、それぞれの州が独立する心配もされていますね。

Moon

前原と拉致で検索してみたら・・・実は北朝鮮寄り?
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080118-931444/news/20090501-OYT1T00347.htm

平沼と拉致で検索したら・・・さすが平沼議員。
http://www.aab-tv.co.jp/news/annnews_190429015.html

物凄く大雑把に分類すれば確かに2人は日本会議のメンバーであるけど
ここで話題になってる北朝鮮問題に関して言えば180度くらい違う
みたいですね。

それどころか前原は北朝鮮問題に関して社民党の福島や土井や辻元辺り
の方とかなり似通っているような気がします。

それとイギリスはイギリス。日本は日本。もしイギリスを見習えというのなら
例えば戦前植民地支配をしても全く国際法的に謝罪をしなくても問題無いという
ことになるしある自国の領土を他の国が不法占拠すれば軍事力行使をしても
大丈夫ということになると思います。


BB

>私は平沼議員だけの話をしているのに(平沼氏は小泉の様な親米でもなく
>民主党の一部の幹部のように親中・親朝鮮でもなく真の愛国者である)
>何故右翼とか前原とかいったのが出てくるのか理解に苦しみます。


平沼議員は日本会議に関係していますよね。その事実だけで彼は立派なウヨクです。

あなたのいう「真の愛国者」というのが、とにかく曲者なんですね。そんなことは英国でなら230年前にジョンソン博士が気づいていたこと。

"Patriotism is the last refuge of a scoundrel."(愛国心てのは、悪党が最後に逃げ込む場所だ)

ところがニッポンでは、地球の歴史が21世紀に入ったというのに、天皇制の讃歌「君が代」などを学校教育で強制するという愚かなことを平然と続けている。あの戦争の歴史をゼーンゼン反省していない。平沼議員だって、靖国参拝とか従軍慰安婦問題だとかに関する意見を聞く限り、あの戦争の歴史を反省している様子がないですね。だからウヨクなんですよ、あの人も。

ちなみに、英国では学校教育の現場で国歌を歌わされるような機会はありません。

Moon

私が売国一直線の党に自民党を書かなかった理由

http://www.geocities.jp/sanseiken_hantai/seitou.htm

自民党も利権馬鹿で小泉や二階や河野親子の
様な疫病神もいるが外国人参政権を党の政策
にしていないだけマシ。

Moon

私は平沼議員だけの話をしているのに(平沼氏は小泉の様な親米でもなく
民主党の一部の幹部のように親中・親朝鮮でもなく真の愛国者である)
何故右翼とか前原とかいったのが出てくるのか理解に苦しみます。

日本の国益を第一に考えて郵政民営化反対を唱えて自分の理念を曲げない
平沼議員を褒めて何が悪いのでしょうか。平沼議員をけなしている人は
一体どういった信念を持つ政治家の名前を含む理想的な政治家像を具体的に
挙げないと説得力が全く無いに等しく単なる中傷でしょう。

 二階堂氏が言っているように愛国派と売国派(小泉の様な親米派も含む)
の2つに分かれて選挙を行えばいいと思っています。
 二階堂氏やベンジャミン氏の事を批判する人もいますが、私は両氏の事を
別に100㌫信じ込むわけでもなく100㌫けなすわけでもなく自分個人が
納得出来る部分だけをインプットするに過ぎないだけです。現に今北朝鮮は
危険なミサイルを頻繁に撃っている以上二階堂氏の言う事も現実にありえる
わけで・・・ようするに日本政府はお花畑にならず現実的建設的なやり方で
対応しなければいけないということです。

 
 

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